御由緒 |
旧社格 村社
住吉神社は吾等が郷土奈良の永代に遷る鎮守であって御神体は銅鏡である。
安政九年時の地頭石丸氏の寄進によって新社殿が建立されたが、その後氏子の土志田長辰氏に依って改築された。用材はすべて欅を用い四周にわたり多くの彫刻が施され近隣にその壮厳さを誇った。しかるに昭和四十七年九月一不逞の輩の放火によって社殿悉く鳥有に帰した。氏子一同悲嘆にくれた。たまたま昭和四十八年新年祭に際し氏子三沢重元氏等を中心とし社殿再建の議があり一堂の合意するところとなり再建委員会が結成されるに至った。予算五阡萬円余。すべて氏子崇敬者の浄財寄進に依ることとし、鉄筋コンクリート造り銅葺にして建坪四一.二五平方米往時の姿をそのまま再建し、それに近代仕様を加味し、設計は株式会社農協建築設計センター担当、施工は株式会社松井建設によって請負はれ更に附帯工事等も総て完成し、氏子一同の念願も見事に達成して、昭和五十年秋を帰して御遷座の儀が執り行われる運びとなった。茲に氏子崇敬者一同の喜びを深く刻して記念とするものである。
昭和五十年九月二十三日
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